| 戦国時代、この城は当時日向国を支配した伊東氏が配置した48城のなかでも重要な城として栄えていました。しかし、伊東氏没落後1578年、島津藩の支城となっていた高城は島津軍二万、大友軍五万による攻防戦の舞台となり、激戦ののち大友軍は敗走します。
下って1587年、今度は九州平定に乗り出した豊臣軍二十万の軍に包囲されましたが、この時も城は落ちることはありませんでした。時の城主・山田新介有信の名と共に不落の山城として名を知られた高城。
今は草深い山にその姿をわずかにとどめているにすぎませんが、英雄伝説は今もさまざまなかたちで残っています。 |
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メロディー時計台
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| 天正6年耳川合戦(高城合戦)布陣図 |
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