比木神社


 

           
西暦660年に滅亡した朝鮮半島の古代国家「百済」の王族や武官は、多く日本に亡命しました。なかでも王族のひとり福智王は、現在の高鍋町蚊口浦に流れ着いたといわれています。福智王は百済からの追兵を鎮定後、よくこの地方を治めたので住民の尊崇をうけ、死後に比木神社に葬られました。それが比木大明神のいわれです。その人となりや伝説は現在でも、福智王の母のまつられている鴫野(高鍋町)の大年神社に神幸する「大年下り」や、父禎嘉王を年に一度美々津・日向・東郷を経て神門神社に訪ねる「神門神幸」などの行事として町の人々の心に伝えられています。

 



 

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